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朝鮮時代の人は世界で有名な大食いだった?①どれくらい食べていたの?

韓国史コラム
おはる
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韓国語の勉強をする時や韓国人に会ったらよく聞く「ご飯食べましたか?(밥 먹었어요?)」という言葉。挨拶の代わりにするこの言葉は韓国人のご飯に対する考えと独特の文化が含まれているよ。今回のコラムでは、韓国のご飯文化、特に韓国人の食事量について話すよ。

밥은 먹고 다니냐?(メシは食っているのか?) ご飯の意味と挨拶

'살인의 추억' 송강호의 역대급 애드리브 "밥은 먹고 다니냐?" 방구석1열 7회
映画『殺人の追憶(살인의 추억)』(2003)の有名な最後のシーン。ソン·ガンホのセリフ 「ご飯は食べているのか?」

韓国映画史の最高の名ゼリフに挙げられる映画『殺人の追憶』のソン·ガンホのセリフ。

밥은 먹고 다니냐?
メシは食ってるのか?

映画『殺人の追憶(살인의 추억)』中

殺人事件の犯人を探すために孤軍奮闘していた刑事(ソン·ガンホ)が、追跡していた犯人に言った言葉だが、なぜ刑事は犯人に最後のシーンでいきなり犯人のご飯の心配をしてくれたのだろう?

それは心配だろうか、それとも「お前みたいな奴も飯を食うのか」という警告だったのだろうか。

このセリフが今でも韓国人にとって最高の名セリフとして挙げられる理由は、韓国で “ご飯” は重要な意味があり、「ご飯食べた?(밥 먹었어?)」には様々な意図と状況が含まれているからだ。

「ご飯は食べているのか?」米の消費量の分析ニュースのタイトル
出典:연합뉴스

西洋文化では個人のプライバシー侵害になりうるこのような挨拶は、過去に韓国や中国のような農耕社会で主に使われていた挨拶だそうだ。

食べ物の保存システムが整っていなかった時期に、凶作や日照りが起き、あるいは戦争が勃発すれば食べ物がなくて苦労した文化と環境の影響とみている。

そのような時代にご飯を食べたということは農業がうまくいったということで、農業人にとってその年の主要業務である農業がうまくいったということは、その人の1年間の人生がうまく進んだという意味だから、人生の状態を尋ねる質問にもなりうる。

単純に生存のためにご飯を食べたのかも重要だが、一食の食事よりもっと重要な意味で相手の安否を尋ねる質問が「食事はされましたか?」という挨拶だったのだ。

他の例を挙げると、いつも他の所に移動する遊牧民の場合には、人に会ったら「どこに行きますか?」と挨拶をし、物を売る商人たちは知らない人に話しかけるのに負担のない話題である「良い朝ですね」という天気挨拶法を主に使ったという。

ペコム
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現代風に変えると「最近どう?」、「最近大丈夫?」、「どう過ごしてる?」くらいの文章じゃないかな?

韓国戦争直後の1955年、米軍の牛乳配給を待っていた韓国の子どもたち
出典:오마이뉴스

そのような土台の中で、目上の人に対する礼法と儒教規範を重視する文化が朝鮮時代に発達し、韓国語の敬語のように目上の人に安否を尋ねる一つの礼節のような文化として定着したのではないかと思う。

それに日帝時代の資源収奪とすべてが廃墟になってしまった朝鮮戦争、1960年代初めの大飢饉まで連続的に続き、むしろ生存自体に対する意味まで強まったのではないかと考えている。

ペコム
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もちろん根拠はない。推測だよ(笑)

毎年春になると食べ物がなくて多くの人が飢え死にしたという「麦峠(보릿고개)」という時期がわずか50~60年前まで続き、実際に私の両親世代も木の皮を噛んで食べたりお粥を作って食べた経験談を話してくれたことがある。 この時期には本当にご飯を食べられなくて多くの方が飢えて亡くなったそうだよ。

麦峠(보릿고개)
韓国の春季飢饉をいう言葉で春窮期·麦嶺期のことをいうが、秋に米(稲)を収穫した後、植えた麦を収穫する直前の時期である春季に貯蔵しておいた米も底を突き、食べるものがなかった時期をいう。 この時期に人々は草や木をちぎったりしながら持ちこたえたり、沢山亡くなったり。 死亡者は次第に減少し、1970年代に入ってからは完全に消えた。

「ご飯食べよう」韓国人がよく使う挨拶
出典:서울일보

このように伝統的な意味と近現代の韓国の状況まで反映されてきて、韓国人に「ご飯食べた?」という挨拶は様々な意味で使われている。

特に西洋人が負担に思っているという挨拶の「今度ご飯食べよう~(다음에 밥 한번 먹자~)」、「今度お酒一杯飲みましょう~(다음에 술 한 잔 해요)」のように多様に活用中だ。

ペコム
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「なぜ私とあえてご飯を?」、「今の関係では気まずいんだけど?」といった西洋人の反応(笑)

麻浦大橋の欄干のメッセージ「大変だったんだね」(左)、誰かが書いたメッセージ「生きたくなるようにしてください」(右)
出典:인사이트뉴스

ソウルの漢江にかかる麻浦大橋は、良くない選択を最も多くする場所として有名で、その欄干には飛び降りを予防するための様々なメッセージが書かれている。

最後の瞬間を決心した人達に、もう一度考え直してみることを勧める様々な文章の中に「ご飯は食べた?」という文章があるほどだから。

麻浦大橋の欄干の「ご飯は食べた?」というメッセージ
出典:오마이뉴스

習慣のように使われる、短いが強いこの質問は、おそらく相手に対する愛情と「関心」の表現ではないかと思う。

映画『彼とわたしの漂流日記』の解説記事でも言ったが、世の中を諦めようとする人々に最も必要なのは誰かの「関心」。

「ご飯は食べたの?」という質問は、誰かに好意がある時や心配する時など全て使われ、映画『殺人の追憶』の台詞のように誰かを非難したり恨んだりする時にも使われる言葉。

このように生存のために始まった挨拶の言葉一つが、本当に多様に使われる韓国も多くのことが変わり、いつの間にか少食をする文化になり、今は米があまりにも多く残って問題だという。

ここまでは時代の流れだからそうかもしれないと思ったけど、インターネットに上がってきた写真を見て気になるしかなかった “朝鮮人の食事量” の写真。

19世紀朝鮮時代末期の食事(帽子の形から、両班ではなく下級官吏と思われる)
出典:동아닷컴

韓国には1960-70年代までも麦峠(보릿고개)があったのに… どうやってあれができるんだろう? と思うくらいの量だから、すぐ理解できなかった。

食べるものがもっと足りなかっただろう朝鮮時代の人々が、どうやって世界の大食いとして有名になったのか、大食いは本当に正しいのか調べてみようと思う(笑)

ペコム
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写真の真実を求め、ここからはおはるに任せるよ!

“기어오르지 못하게 만들어 버렸다” 새로 만든 마포대교 난간 영상에 네티즌 반응 폭발 / 14F
麻浦大橋には新たにより効果的と思われる防止対策がなされ、手すりのメッセージは実効性の問題で撤去された

外国でも有名だった朝鮮時代の人の食事量のエピソード

19世紀朝鮮時代末期の食事(帽子の形から、両班ではなく下級官吏と思われる)
出典:동아닷컴

この写真は、朝鮮時代の人の食事量を象徴する写真として有名!

顔ほどある大きなスープ器に、山盛りのご飯。そしておかずも器に沢山盛り付けられている。この男性はそんなに体格が大きいわけではなさそうなのに、本当にこの量を毎日食べていたのだろうか?この写真は本当に、一般的な朝鮮人たちの食事の様子なのだろうか?

実は、朝鮮時代の人の食事量の多さは世界的に見ても有名だったそうだ。両班の場合は、1日5食も食べていたとか…(笑)

お腹いっぱいになった朝鮮の両班たち···“1日5食食べる大食家”
出典:중앙일보
おはる
おはる

朝鮮人の食事量に関する様々な記録を集めてみたけど、これを読んでみると大体どの程度だったか推測できるかもしれない(笑)

●日本と中国は一定の時間にご飯を食べるが、朝鮮の人はいつでも食べている


●朝鮮以外にも日本や清を訪れたことがある人は、3ヶ国の中で1番食事量が多かったのは朝鮮という

●朝鮮時代後期には、キリスト教の宣教師たちが朝鮮での本格的な布教活動を始めるが、彼らも、朝鮮の人たちが思ったよりも大食いだったことに驚いた


●朝鮮の人は、普通の人の3~4人分食べる


●果物を出せば遠慮する人は桃10個、普通は30個、40個、50個まで食べる人もいる


●琉球を訪れた朝鮮人があまりに沢山食べるから、朝鮮の人は貧しいのだろうと琉球の人は思ったそう

山盛りのご飯を食べるフランス人宣教師たち
出典:인사이트 뉴스
おはる
おはる

まだまだあるよ(笑)

●文禄・慶長の役の時に派遣されてきた明の将軍は、朝鮮人の食事量をみて、「民衆があんなに食べていて国家の運営は大丈夫なのか?」とビックリされたり…

●文禄・慶長の役の時に朝鮮軍は、漢陽(ハニャン:ソウル)を占領した小西行長の軍がどれくらいいるのか調べるために、食料を調べ計算してみたら、1ヶ月分だったので、朝鮮では1ヶ月程したら日本軍が退くだろうと考え、陣を張り1ヶ月待ってみたが、日本軍が出てこなかった。

結局攻撃したけれど、日本軍のご飯茶碗が朝鮮の3分の1の大きさだったので、朝鮮では“長く食料を持たせるために少量で耐えていた”と考えたが、日本軍は普段の量を食べていたという。

●朝鮮前期のある官吏は、朝鮮の民衆の食習慣に関する上訴を上げ「豊年になれば食べ物を惜しまず、中国人が1日に食べる分量を一度に食べるから問題です」と王に諫言した


●朝鮮後期の学者は、階級に関係なく主食のご飯を沢山食べる傾向にあるから、中国の古典から「食少」という言葉を使って、ごはんの量を減らすべきだと主張した

などなど…まだまだ探せば色んなエピソードがある。

おはる
おはる

決して少食だったなんてエピソードは見つけられなかったよ。歴史記録や個人の感想は、多少の偏見や誇張があったとしても、沢山食べていたことは間違いなさそうだね(笑)

[#티전드] 한 끼에 밥 다섯 공기가 기본이었던 조선시대 식사량😱 역시 먹방의 민족 다운 밥 사이즈ㄷㄷ🍚 | #렛츠고시간탐험대 #Diggle | CJ ENM 140609 방송
過去の実生活を最大限そのまま再現する体験プログラム「レッツゴー時間探検隊」 朝鮮時代の食事量の映像

おはる
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このYouTube動画は朝鮮時代の庶民の食事を再現したものだよ!実際にこの量を1度に食べるのは、いくらお腹がすいてても無理かも…(笑)

ちなみにこの番組は、芸能人による色んな時代の再現が楽しめるから時間があれば、ぜひ他の動画も観てみて!

歴史が好きならおすすめ!

レッツゴー時間探検隊 

番組ハイライト集 Youtubeチャンネル → 
(日本語字幕がなくても理解は可能☺)

庶民の食事 どれくらい食べていたの?

1合・1升・1斗・1俵 単位の比較
出典: 한국일보

外国人の視線ではなく、実際の朝鮮人の食事量について調べてみると、朝鮮の成人男性が1日に食べる量は1食7合を超える米の量を食べたという記録があるそうだ。

当時、朝鮮の1合は50.8gで、7合は355.6g。この米でご飯を炊けばご飯の量は854gにもなるが、これを現代人が分かりやすく例えると、200g前後の即席ご飯4つ以上の分量になる。

女性の場合1食5合、即席ご飯3つ分、子どもは3合小さい子どもは2合だというから、今の現代人は当時の子どもの食事量くらいしか食べていないということになる。

当時の庶民は1日に朝夕の2食だったということを考慮しても、とてつもない量ではある。 現代人も1日2食程度の人も多いからだ。

朝鮮時代末期の女性の食事の様子
出典:나무위키

このように1日に朝と夕方の2食を食べることを“조석(朝夕/チョソク)”といった。

普通は1日2食が基本であるが、1年の半分は1日3食を食べていて、その3食を食べていた時期を調べると、まさに“農業”の時期と一致する。

農繁期の5月~10月には1日3食、農閑期の11月~4月は1日2食といったパターンだ。

普通は大きなたらいでセチャムの食べ物を運ぶ
出典: 충북인뉴스

この時、朝夕の間に食べるのが“セチャム(새참)”という。(새(セ)=間、中間 참(チャム)=食事、食べ物)

今の昼食のような正式な食事ではなく、昔の農夫たちは朝早く朝食を済ませ農作業をするため、仕事をしていたら夕方の食事までにはお腹がすくので、普通朝10時から4時の間にジャガイモや麺類などの簡単な食事をとることをいう。

おはる
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機械もない時代。当時の農業はものすごく重労働だったから1日2食じゃお腹すくよね…。セチャムはおやつに近かったと言われていて、今でも韓国の農村や建設現場で働く人たちは現場でセチャムを食べる時間があるよ。

ペコム
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主に焼酎やマッコリも一緒に飲むから、建設現場では非常に危険だった文化だったけど、幸いにも最近はほとんど消えた(笑)

ガールズグループCLCのメンバーたちが農村体験の番組でセチャムを食べ、マッコリを飲んでいる場面
出典:뉴데일리뉴스

他にも、正確な時間の区別がないセチャムとは違い、朝と夕の間の昼間に食事をとることを“낮밥(昼飯/ナッパブ)”といったが、1406年の太宗実録(朝鮮王朝の記録)に初めて“点心(점심/チョンシム)”という単語が出てくる。

点心(점심/チョンシム)は唐(中国)から来た言葉で、もともとの意味はお腹がすいた時に少し食べる間食程度の食事のことで、中国では今でも間食程度の食事のことを点心というそうだ。

この点心(チョンシム)という言葉が、朝鮮後期頃には낮밥(昼飯/ナッパブ)と同じ意味で使われるようになった。

“点心”心に点を打つ
出典:세계경제신문

近代化·産業化が進むと労働の効率性を高めるために朝と夕方の間に統一された食事時間を作り、これを“점심(点心/チョンシム)”と呼んだそうだ。そういった企業文化が日常へも広がり、朝と夕方の食事の間食の意味が強かった点心は、1食の食事として定着し、今の1日3食になったそうだ。今の会社員たちには本当になくてはならない存在だ。

このように朝鮮を訪問した西洋人の記録や朝鮮時代の記録、茶碗などの遺物を見ると、朝鮮人は大食いだったのは事実のようだ。

そこにおやつ概念のセチャムまであったというから、大食いだった朝鮮人たちはなぜそんなに大量のご飯を食べたのかについては、次のコラムで紹介する。

おはる
おはる

朝鮮時代の王たちは1日5回の食事をしたが、王の食事については今度改めてまとめるね!ここまで読んでくれてありがとう♥

朝鮮時代の王(左)と奴婢(右)のご飯量比較
出典:동아일보
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